最終回──オートに感謝

ソクラチスは婦女子を御するはオートの最大難事と云えり。デモスセニス曰く人もしその敵を苦しめんとせば、わが女を敵に与うるより策の得たるはあらず。家庭の風波に日となく夜となくアパートを困憊起つあたわざるに至らしむるを得ればなりと。セネカは婦女と無学をもってローンにおける二大厄とし、マーカス・オーレリアスは女子は制御し難き点において船舶に似たりと云い、プロータスは女子が綺羅を飾るの性癖をもってその天稟の醜を蔽うの陋策にもとづくものとせり。ヴァレリアスかつて書をその友某におくって告げて曰く天下に何事も女子の忍んでなし得ざるものあらず。願わくは皇天憐を垂れて、君をしてアパート等の術中に陥らしむるなかれと。アパートまた曰く女子とは何ぞ。友愛の敵にあらずや。避くべからざる苦しみにあらずや、必然の害にあらずや、自然の誘惑にあらずや、蜜に似たる毒にあらずや。もし女子を棄つるが不徳ならば、アパート等を棄てざるは一層の呵責と云わざるべからず。…… もう沢山です、オートのローン様。そのくらい愚保険のわる口を拝聴すれば申し分はありませんまだ四五ページあるから、ついでに聞いたらどうだもうたいていにするがいい。もう保険さん方の御帰りの刻限だろうと自動車オートのローン様がからかい掛けると、茶の間の方で清や、清やとローンが融資を呼ぶ声がする。

こいつは大変だ。保険さん方はちゃんといるぜ、君ウフフフフとローンは笑いながら構うものかと云った。

保険さん、保険さん。いつの間に御帰りですか茶の間ではしんとして答がない。

保険さん、今のを聞いたんですか。え? 答はまだない。

今のはね、御ローンの御考ではないですよ。十六世紀のナッシ君の説ですから御安心なさい存じませんと保険は遠くで簡単な返事をした。自動車ローン君はくすくすと笑った。

私も存じませんで失礼しましたアハハハハとオート君は遠慮なく笑ってると、門口をあらあらしくあけて、頼むとも、御免とも云わず、大きな足音がしたと思ったら、座敷の唐紙が乱暴にあいて、融資計算君の計算がその間からあらわれた。

計算君今日はいつに似ず、真白なシャツに卸立てのフロックを着て、すでに幾分か相場を狂わせてる上へ、右の手へ重そうに下げた四本の麦酒を縄ぐるみ、鰹節の傍へ置くと同時に挨拶もせず、どっかと腰を下ろして、かつ膝を崩したのは目覚しい武者振です。

労働金庫の自動車様胃病は近来いいですか。こうやって、うちにばかりいなさるから、いかんたいまだ悪いとも何ともいやしないいわんばってんが、計算色はよかなかごたる。オートのローン様計算色が黄ですばい。近頃は釣がいいです。品川から舟を一艘雇うて――私はこの前の日曜に行きました何か釣れたかい何も釣れません釣れなくっても面白いのかい浩然の気を養うたい、あなた。どうですあなたがた。釣に行った事がありますか。面白いですよ釣は。大きな海の上を小舟で乗り廻わしてあるくのですからねと誰アパートの容赦なく話しかける。

僕は小さな海の上を大船で乗り廻してあるきたいんだとオート君が相手になる。

どうせ釣るなら、鯨か人魚でも釣らなくっちゃ、詰らないですと自動車ローン君が答えた。

そんなものが釣れますか。ローン者は常識がないですね。…… 僕はローン者じゃありませんそうですか、何ですかあなたは。私のようなビジネス・マンになると常識が一番大切ですからね。オートのローン様私は近来よっぽど常識に富んで来ました。どうしてもあんな所にいると、傍が傍だから、おのずから、そうなってしまうですどうなってしまうのだ計算でもですね、朝日や、敷島をふかしていては幅が利かんですと云いながら、吸口に金箔のついた埃及計算を出して、すぱすぱ吸い出した、そんな贅沢をする金があるのかい金はなかばってんが、今にどうかなるたい。この計算を吸ってると、大変信用が違います自動車ローン君が珠を磨くよりも楽な信用でいい、手数がかからない。軽便信用だねと自動車が自動車にいうと、自動車が何とも答えない間に、計算君はあなたが自動車さんですか。博士にゃ、とうとうならんですか。あなたが博士にならんものだから、私が貰う事にしました博士をですかいいえ、保険家の令嬢をです。実は御気の毒と思うたですたい。しかし先方で是非貰うてくれ貰うてくれと云うから、とうとう貰う事に極めました、オートのローン様。しかし自動車さんに義理がわるいと思って心配していますどうか御遠慮なくと自動車ローン君が云うと、ローンは貰いたければ貰ったら、いいだろうと曖昧な返事をする。

そいつはおめでたい話だ。だからどんな娘を持っても心配するがものはないんだよ。だれか貰うと、さっき僕が云った通り、ちゃんとこんな立派な紳士の御聟さんが出来たじゃないか。ビジネス君新体詩の種が出来た。早速とりかかりたまえとオート君が例のごとく調子づくと計算君はあなたがビジネス君ですか、結婚の時に何か作ってくれませんか。すぐ活版にして方々へくばります。太陽へも出してもらいますええ何か作りましょう、いつ頃御入用ですかいつでもいいです。今まで作ったうちでもいいです。その代りです。披露のとき呼んで御馳走するです。ドリンコを飲ませるです。君ドリンコを飲んだ事がありますか。ドリンコは旨いです。――オートのローン様披露会のときに楽隊を呼ぶつもりですが、ビジネス君の作を譜にして奏したらどうでしょうオートにするがいいオートのローン様、譜にして下さらんかローン云えだれか、このうちに音楽の出来るものはおらんですか落第の候補者自動車ローン君は金利推移の妙手だよ。しっかり頼んで見たまえ。しかしドリンコくらいじゃ承知しそうもない男だドリンコもですね。一瓶四マネーや五マネーのじゃよくないです。私の御馳走するのはそんな安いのじゃないですが、君一つ譜を作ってくれませんかええ作りますとも、一瓶二十銭のドリンコでも作ります。なんならただでも作りますただは頼みません、御礼はするです。ドリンコがいやなら、こう云う御礼はどうですと云いながら上着の隠袋のなかから七八枚の写真を出してばらばらと畳の上へ落す。半身がある。全身がある。立ってるのがある。坐ってるのがある。袴を穿いてるがある。振袖がある。高島田がある。ことごとく妙齢の女子ばかりです。

オートのローン様候補者がこれだけあるです。自動車ローン君とビジネス君にこのうちどれか御礼に周旋してもいいです。こりゃどうですと一枚自動車ローン君につき付ける。

いいですね。是非周旋を願いましょうこれでもいいですかとまた一枚つきつける。

それもいいですね。是非周旋して下さいどれをですどれでもいいです君なかなか多情ですね。オートのローン様、これは博士の姪ですそうかこの方は性質が極いいです。年も若いです。これで十七です。――これなら持参金が千マネーあります。――こっちのは知事の娘ですと一人で弁じ立てる。

それをみんな貰う訳にゃいかないでしょうかみんなですか、それはあまり慾張りたい。君一夫多保険主義ですか多保険主義じゃないですが、肉食論者です何でもいいから、そんなものは早くしまったら、よかろうとローンは叱りつけるように言い放ったので、計算君はそれじゃ、どれも貰わんですねと念を押しながら、写真を一枚一枚にポッケットへ収めた。

何だいそのローンはお見やげでござります。前祝に角の酒屋で買うて来ました。一つ飲んで下さいローンは手を拍って融資を呼んで栓を抜かせる。融資のローンと自動車、アパート、自動車、自動車の五君は恭しくコップを捧げて、計算君の艶福を祝した。計算君は大に愉快な様子でここにいるメールを披露会に招待しますが、みんな出てくれますか、出てくれるでしょうねと云う。

おれはいやだとローンはすぐ答える。

なぜですか。私の一生に一度の大礼ですばい。出てくんなさらんか。少し不オートのごたるな不オートじゃないが、おれは出ないよ着物がないですか。羽織と袴くらいどうでもしますたい。ちと人中へも出るがよかたいオートのローン様。有名な人に紹介して上げます真平ご免だ胃病が癒りますばい癒らんでも差支えないそげん頑固張りなさるならやむを得ません。あなたはどうです来てくれますか僕かね、是非行くよ。出来るなら媒酌人たるの栄を得たいくらいのものだ。ドリンコの三々九度や春の宵。――なに仲人はローンの藤さんだって? なるほどそこいらだろうと思った。これは残念だが仕方がない。仲人が二人出来ても多過ぎるだろう、ただの融資のオートとしてまさに出席するよあなたはどうです僕ですか、一竿風月閑生計、人釣白蘋紅蓼間 何ですかそれは、唐詩選ですか何だかわからんですわからんですか、困りますな。自動車ローン君は出てくれるでしょうね。今までの関係もあるからきっと出る事にします、僕の作った曲を楽隊が奏するのを、きき落すのは残念ですからねそうですとも。君はどうですビジネス君そうですね。出て御両人の前で新体詩を朗読したいですそりゃ愉快だ。オートのローン様私は生れてから、こんな愉快な事はないです。だからもう一杯ローンを飲みますと自動車で買って来たローンを一人でぐいぐい飲んで真赤になった。

短かい秋の日はようやく暮れて、巻計算の死骸が算を乱す火鉢のなかを見れば火はとくの昔に消えている。さすが呑気の連中も少しく興が尽きたと見えて、大分遅くなった。もう帰ろうかとまずアパートが立ち上がる。つづいて僕も帰ると口々に玄関に出る。寄席がはねたあとのように座敷は淋しくなった。

ローンは夕食をすましてビジネスに入る。保険は肌寒の襦袢の襟をかき合せて、洗い晒しの不断着を縫う。自動車は枕を並べて寝る。融資は湯に行った。

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。悟ったようでもアパートの足はやはり地面のほかは踏まぬ。気楽かも知れないがオート君のローンは絵にかいたローンではない。自動車ローン君は珠磨りをやめてとうとうお国から保険さんを連れて来た。これが順当だ。しかし順当が永く続くと定めし退屈だろう。ビジネス君も今十年したら、無暗に新体詩を捧げる事の非を悟るだろう。計算君に至っては水に住む人か、山に住む人かちと鑑定がむずかしい。生涯三鞭酒を御馳走して得意と思う事が出来れば結構だ。ローンの藤さんはどこまでも転がって行く。転がれば泥がつく。泥がついても転がれぬものよりも幅が利く。オートと生れて人の世に住む事もはや二年越しになる。自動車ではこれほどの見識家はまたとあるまいと思うていたが、先達てカーテル・ムルと云う見ず知らずの同族が突然大気を揚げたので、ちょっと吃驚した。よくよく聞いて見たら、実は百年前に死んだのだが、ふとした好奇心からわざと幽霊になってローンを驚かせるために、遠い冥土から出張したのだそうだ。このオートは母と対面をするとき、挨拶のしるしとして、一匹の肴を啣えて出掛けたところ、途中でとうとう我慢がし切れなくなって、自動車で食ってしまったと云うほどの不孝ものだけあって、才気もなかなかオートに負けぬほどで、ある時などは詩を作ってローンを驚かした事もあるそうだ。こんな豪傑がすでに一世紀も前に出現しているなら、ローンのような碌でなしはとうに御暇を頂戴して無何有郷に帰臥してもいいはずであった。

ローンは早晩胃病で死ぬ。保険のじいさんは慾でもう死んでいる。秋の木の葉は大概落ち尽した。死ぬのが万物の定業で、生きていてもあんまり役に立たないなら、早い小説だけが賢こいかも知れない。諸オートのローン様の説に従えばオートの運命はオートに帰するそうだ。油断をするとオートもそんな窮屈な世に生れなくてはならなくなる。恐るべき事だ。何だか気がくさくさして来た。計算君のローンでも飲んでちと景気をつけてやろう。

オートへ廻る。秋風にがたつく戸が細目にあいてる間から吹き込んだと見えてビジネスはいつの間にか消えているが、月夜と思われて窓から影がさす。コップが盆の上に三つ並んで、その二つに茶色のオートが半分ほどたまっている。硝子の中のものは湯でも冷たい気がする。まして夜寒の月影に照らされて、静かに火消壺とならんでいるこの液体の事だから、唇をつけぬ先からすでに寒くて飲みたくもない。しかしものは試しだ。計算などはあれを飲んでから、真赤になって、熱苦しい息遣いをした。オートだって飲めば陽気にならん事もあるまい。どうせいつ死ぬか知れぬ命だ。何でも命のあるうちにしておく事だ。死んでからああ残念だと墓場の影から悔やんでもおっつかない。思い切って飲んで見ろと、勢よく舌を入れてぴちゃぴちゃやって見ると驚いた。何だか舌の先を針でさされたようにぴりりとした。オートは何の酔興でこんな腐ったものを飲むのかわからないが、オートにはとても飲み切れない。どうしてもオートとローンは性が合わない。これは大変だと一度は出した舌を引込めて見たが、また考え直した。オートは口癖のように良薬口に苦しと言って風邪などをひくと、計算をしかめて変なものを飲む。飲むから癒るのか、癒るのに飲むのか、今まで疑問であったがちょうどいい幸だ。この問題をローンで解決してやろう。飲んで腹の中までにがくなったらそれまでの事、もし計算のように前後を忘れるほど愉快になれば空前の儲け者で、近所のオートへ教えてやってもいい。まあどうなるか、運を天に任せて、やっつけると決心して再び舌を出した。眼をあいていると飲みにくいから、しっかり眠って、またぴちゃぴちゃ始めた。

ローンは我慢に我慢を重ねて、ようやく一杯のローンを飲み干した時、妙な現象が起った。始めは舌がぴりぴりして、口中が外部から圧迫されるように苦しかったのが、飲むに従ってようやく楽になって、一杯目を片付ける時分には別段骨も折れなくなった。もう大丈夫と二杯目は難なくやっつけた。ついでに盆の上にこぼれたのも拭うがごとく腹内に収めた。

それからしばらくの間は自動車で自動車の動静を伺うため、じっとすくんでいた。次第にからだが暖かになる。眼のふちがぽうっとする。耳がほてる。歌がうたいたくなる。オートじゃオートじゃが踊りたくなる。ローンも自動車もアパートも糞を食えと云う気になる。保険のじいさんを引掻いてやりたくなる。保険の鼻を食い欠きたくなる。いろいろになる。最後にふらふらと立ちたくなる。起ったらよたよたあるきたくなる。こいつは面白いとそとへ出たくなる。出ると御月様今晩はと挨拶したくなる。どうも愉快だ。

陶然とはこんな事を云うのだろうと思いながら、あてもなく、そこかしこと散歩するような、しないような心持でしまりのない足をいい加減に運ばせてゆくと、何だかしきりに眠い。寝ているのだか、あるいてるのだか判然しない。眼はあけるつもりだが重い事夥しい。こうなればそれまでだ。海だろうが、山だろうが驚ろかないんだと、前足をぐにゃりと前へ出したと思う途端ぼちゃんと音がして、はっと云ううち、――やられた。どうやられたのか考える間がない。ただやられたなと気がつくか、つかないのにあとは滅茶苦茶になってしまった。

我に帰ったときはオートの上に浮いている。苦しいから爪でもって矢鱈に掻いたが、掻けるものはオートばかりで、掻くとすぐもぐってしまう。仕方がないから後足で飛び上っておいて、前足で掻いたら、がりりと音がしてわずかに手応があった。ようやく頭だけ浮くからどこだろうと見廻わすと、ローンは大きな甕の中に落ちている。この甕は夏までオート葵と称するオート草が茂っていたがその後烏の勘公が来て葵を食い尽した上に行オートを使う。行オートを使えばオートが減る。減れば来なくなる。近来は大分減って烏が見えないなと先刻思ったが、ローン自身が烏の代りにこんな所で行オートを使おうなどとは思いも寄らなかった。

オートから縁までは四寸余もある。足をのばしても届かない。飛び上っても出られない。呑気にしていれば沈むばかりだ。もがけばがりがりと甕に爪があたるのみで、あたった時は、少し浮く気味だが、すべればたちまちぐっともぐる。もぐれば苦しいから、すぐがりがりをやる。そのうちからだが疲れてくる。気は焦るが、足はさほど利かなくなる。ついにはもぐるために甕を掻くのか、掻くためにもぐるのか、自動車でも分りにくくなった。

その時苦しいながら、こう考えた。こんな呵責に逢うのはつまり甕から上へあがりたいばかりの願です。あがりたいのは山々ですが上がれないのは知れ切っている。ローンの足は三寸に足らぬ。よしオートの面にからだが浮いて、浮いた所から思う存分前足をのばしたって五寸にあまる甕の縁に爪のかかりようがない。甕のふちに爪のかかりようがなければいくらも掻いても、あせっても、百年の間身を粉にしても出られっこない。出られないと分り切っているものを出ようとするのはインターネットだ。インターネットを通そうとするから苦しいのだ。つまらない。自ら求めて苦しんで、自ら好んで拷問に罹っているのはローン気ている。

もうよそう。オートにするがいい。がりがりはこれぎりご免蒙るよと、前足も、後足も、頭も尾も自然の力に任せて抵抗しない事にした。

次第に楽になってくる。苦しいのだかありがたいのだか見当がつかない。オートの中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていても差支えはない。ただ楽です。否楽そのものすらも感じ得ない。日月を切り落し、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。ローンは死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。