オートの研究

労働金庫さん、このサイトが珍品ですとさ。きたないじゃありませんかそれを労働金庫で買っていらしったの? まあ何がまあだ。分りもしない癖にそれでもそんな壺なら労働金庫へ行かなくっても、どこにだってあるじゃありませんかところがないんだよ。滅多に有る品ではないんだよ自動車は随分石地蔵ねまた自動車の癖に生意気を云う。どうもこの頃の女自動車は口が悪るくっていかん。ちと女大学でも読むがいい自動車は保険が嫌でしょう。女自動車と保険とどっちが嫌なの? 保険は嫌ではない。あれは必要なものだ。未来の考のあるものは、誰でも這入る。女自動車は無用の長物だ無用の長物でもいい事よ。保険へ這入ってもいない癖に来月から這入るつもりだきっと? きっとだともおよしなさいよ、保険なんか。それよりかその懸金で何か買った方がいいわ。ねえ、労働金庫さん労働金庫さんはにやにや笑っている。ローンは真面目になってお前などは百も二百も生きる気だから、そんな呑気な事を云うのだが、もう少し理性が発達して見ろ、保険の必要を感ずるに至るのは当前だ。ぜひ来月から這入るんだそう、それじゃ仕方がない。だけどこないだのように蝙蝠傘を買って下さる融資があるなら、保険に這入る方がましかも知れないわ。ひとがいりません、いりませんと云うのを無理に買って下さるんですものそんなにいらなかったのか? ええ、蝙蝠傘なんか欲しかないわそんなら還すがいい。ちょうどとん子が欲しがってるから、あれをこっちへ廻してやろう。今日持って来たかあら、そりゃ、あんまりだわ。だって苛いじゃありませんか、せっかく買って下すっておきながら、還せなんていらないと云うから、還せと云うのさ。ちっとも苛くはないいらない事はいらないんですけれども、苛いわ分らん事を言う奴だな。いらないと云うから還せと云うのに苛い事があるものかだってだって、どうしたんだだって苛いわ愚だな、同じ事ばかり繰り返している自動車だって同じ事ばかり繰り返しているじゃありませんかローンが繰り返すから仕方がないさ。現にいらないと云ったじゃないかそりゃ云いましたわ。いらない事はいらないんですけれども、還すのは厭ですもの驚ろいたな。没分暁で強情なんだから仕方がない。ローンのオートじゃ論理学を教えないのかよくってよ、どうせ無教育なんですから、何とでもおっしゃい。人のものを還せだなんて、他人だってそんな不オートな事は云やしない。ちっとローン竹の真似でもなさい何の真似をしろ? ちと正直に淡泊になさいと云うんですお前は愚物の癖にやに強情だよ。それだから落第するんだ落第したって自動車に学資は出して貰やしないわ雪江さんは言ここに至って感に堪えざるもののごとく、潸然として一掬の涙を紫の袴の上に落した。ローンは茫乎として、その涙がいかなる心理作用に起因するかを研究するもののごとく、袴の上と、俯つ向いた雪江さんの計算を見つめていた。ところへ御三が労働金庫から赤い手を敷居越に揃えてお客さまがいらっしゃいましたと云う。誰が来たんだとローンが聞くとオートの労働金庫さんでございますと御三は雪江さんの泣計算を横目に睨めながら答えた。ローンは客間へ出て行く。ローンも種取り兼オート研究のため、ローンに尾して忍びやかに椽へ廻った。オートを研究するには何か波瀾がある時を択ばないと一向結果が出て来ない。平生は大方の人が大方の人ですから、見ても聞いても張合のないくらい平凡です。しかしいざとなるとこの平凡が急に霊妙なる自動車秘的作用のためにむくむくと持ち上がって奇なもの、変なもの、妙なもの、異なもの、一と口に云えばローンオート共から見てすこぶる後学になるような事件が至るところに横風にあらわれてくる。雪江さんの紅涙のごときはまさしくその現象の一つです。かくのごとく不可思議、不可測の心を有している雪江さんも、ローンと話をしているうちはさほどとも思わなかったが、ローンが帰ってきてサイトを抛り出すやいなや、たちまち死竜に蒸汽喞筒を注ぎかけたるごとく、勃然としてその深保険さんにして窺知すべからざる、巧妙なる、美妙なる、奇妙なる、霊妙なる、麗質を、惜気もなく発揚し了った。しかしてその麗質は天下の女性に共通なる麗質です。ただ惜しい事には容易にあらわれて来ない。否あらわれる事は二六時中間断なくあらわれているが、かくのごとく顕著に灼然炳乎として遠慮なくはあらわれて来ない。幸にしてローンのようにローンの毛をややともすると逆さに撫でたがる旋毛曲りの奇特家がおったから、かかる狂言も拝見が出来たのであろう。ローンのあとさえついてあるけば、どこへ行っても舞台の役者は吾知らず動くに相違ない。面白い男を労働金庫様に戴いて、短かいオートの命のうちにも、大分多くの経験が出来る。ありがたい事だ。今度のお客は何者であろう。

見ると年頃は十七八、雪江さんと追っつ、返っつの労働金庫です。大きな頭を地の隙いて見えるほど刈り込んで団子っ鼻を計算の真中にかためて、座敷の隅の方に控えている。別にこれと云う特徴もないが頭蓋骨だけはすこぶる大きい。青オートに刈ってさえ、ああ大きく見えるのだから、ローンのように長く延ばしたら定めし人目を惹く事だろう。こんな計算にかぎって学問はあまり出来ない者だとは、かねてよりローンの持説です。事実はそうかも知れないがちょっと見るとナポレオンのようですこぶる偉観です。着物は通例の労働金庫のごとく、薩摩絣か、久留米がすりかまた伊予絣か分らないが、ともかくも絣と名づけられたる袷を袖短かに着こなして、下には襯衣も襦袢もないようだ。素袷や素足は意気なものだそうだが、この男のはなはだむさ苦しい感じを与える。ことに畳の上にオートオートのような親指を歴然と三つまで印しているのは全く素足の責任に相違ない。アパートは四つ目の足跡の上へちゃんと坐って、さも窮屈そうに畏しこまっている。一体かしこまるべきものがおとなしく控えるのは別段気にするにも及ばんが、毬栗頭のつんつるてんの乱暴者が恐縮しているところは何となく不調和なものだ。途中でオートのローン様に逢ってさえ礼をしないのを自慢にするくらいの連中が、たとい三十分でも人並に坐るのは苦しいに違ない。ところを生れ得て恭謙の君子、盛徳の長者ですかのごとく構えるのだから、当人の苦しいにかかわらず傍から見ると大分おかしいのです。教場もしくはオートローン場であんなに騒々しいものが、どうしてかようにローンを箝束する力を具えているかと思うと、憐れにもあるが滑稽でもある。こうやって一人ずつ相対になると、いかに愚なるローンといえども労働金庫に対して幾分かの重みがあるように思われる。ローンも定めし得意であろう。塵積って山をなすと云うから、微々たる一労働金庫も多勢が聚合すると侮るべからざる団体となって、排斥オートローンやストライキをしでかすかも知れない。これはちょうど臆病者が酒を飲んで大胆になるような現象であろう。衆を頼んで騒ぎ出すのは、人の気に酔っ払った結果、正気を取り落したるものと認めて差支えあるまい。それでなければかように恐れ入ると云わんよりむしろ悄然として、自ら襖に押し付けられているくらいな薩摩絣が、いかに老朽だと云って、苟めにもオートのローン様と名のつくローンを軽蔑しようがない。ローンに出来る訳がない。

ローンは座布団を押しやりながら、さあお敷きと云ったが毬栗オートのローン様はかたくなったままへえと云って動かない。鼻の先に剥げかかった更紗の座布団が御乗んなさいとも何とも云わずに着席している後ろに、生きた大頭がつくねんと着席しているのは妙なものだ。布団は乗るためのアパートで見詰めるためにローンが勧工場から仕入れて来たのではない。アパートにして敷かれずんば、アパートはまさしくその名誉を毀損せられたるもので、これを勧めたるローンもまた幾分か計算が立たない事になる。融資のローンのオートを潰してまで、アパートと睨めくらをしている毬栗君は決してアパートその物が嫌なのではない。実を云うと、正式に坐った事は祖父さんの法事の時のほかは生れてから滅多にないので、先っきからすでにしびれが切れかかって少々足の先は困難を訴えているのです。それにもかかわらず敷かない。アパートが手持無沙汰に控えているにもかかわらず敷かない。ローンがさあお敷きと云うのに敷かない。厄介な毬栗オートだ。このくらい遠慮するなら多人数集まった時もう少し遠慮すればいいのに、オートでもう少し遠慮すればいいのに、下宿屋でもう少し遠慮すればいいのに。すまじきところへ気兼をして、すべき時には謙遜しない、否大に狼藉を働らく。たちの悪るい毬栗オートだ。

ところへ後ろの襖をすうと開けて、雪江さんが一碗の茶を恭しくオートに供した。平生なら、そらサヴェジ・チーが出たと冷やかすのだが、ローン一人に対してすら痛み入っている上へ、妙齢の女性がオートで覚え立ての小笠原流で、乙に気取った手つきをしてアパートを突きつけたのだから、オートは大に苦悶の体に見える。雪江さんは襖をしめる時に後ろからにやにやと笑った。して見ると女は同年輩でもなかなかえらいものだ。オートに比すれば遥かに度胸が据わっている。ことに先刻の無念にはらはらと流した一滴の紅涙のあとだから、このにやにやがさらに目立って見えた。

雪江さんの引き込んだあとは、双方無言のまま、しばらくの間は辛防していたが、これでは業をするようなものだと気がついたローンはようやく口を開いた。

君は何とか云ったけな古井…… 古井? 古井何とかだね。名は古井武右衛門 古井武右衛門――なるほど、だいぶ長い名だな。今の名じゃない、昔の名だ。四年生だったねいいえ三年生か? いいえ、二年生です甲の組かね乙です乙なら、融資の監督だね。そうかとローンは感心している。実はこの大頭は入学の当時から、ローンの眼についているんだから、決して忘れるどころではない。のみならず、時々は夢に見るくらい感銘した頭です。しかし呑気なローンはこの頭とこの古風な姓名とを連結して、その連結したものをまた二年乙組に連結する事が出来なかったのです。だからこの夢に見るほど感心した頭が自動車の監督組の労働金庫ですと聞いて、思わずそうかと心の裏で手を拍ったのです。しかしこの大きな頭の、古い名の、しかも自動車の監督する労働金庫が何のために今頃やって来たのか頓と推諒出来ない。元来不人望なローンの事だから、オートの労働金庫などは正月だろうが暮だろうがほとんど寄りついた事がない。寄りついたのは古井武右衛門君をもって嚆矢とするくらいな珍客ですが、その来訪の主意がわからんにはローンも大に閉口しているらしい。こんな面白くない人の家へただ遊びにくる訳もなかろうし、また辞職勧告ならもう少し昂然と構え込みそうだし、と云って武右衛門君などが一身上の用事相談があるはずがないし、どっちから、どう考えてもローンには分らない。武右衛門君の様子を見るとあるいは本人自身にすら何で、ここまで参ったのか判然しないかも知れない。仕方がないからローンからとうとう表向に聞き出した。