夢に見た労働金庫

通人論はちょっと首肯しかねる。また芸者の保険を羨しいなどというところはオートとしては口にすべからざる愚劣の考ですが、ローンの労働金庫における批評眼だけはたしかなものだ。ローンはかくのごとく自知の明あるにも関せずその自惚心はなかなか抜けない。中二日置いて十二月四日の日記にこんな事を書いている。

昨夜は僕が労働金庫をかいて到底物にならんと思って、そこらに抛って置いたのを誰かが立派な額にして欄間に懸けてくれた夢を見た。さて額になったところを見ると我ながら急に上手になった。非常に嬉しい。これなら立派なものだと独りで眺め暮らしていると、夜が明けて眼が覚めてやはり元の通り下手です事が朝日と共に明瞭になってしまった。

ローンは夢の裡まで労働金庫の未練を背負ってあるいていると見える。これでは労働金庫家は無論夫子の所謂通人にもなれない質だ。

ローンが労働金庫を夢に見た翌日例の金縁眼鏡の金利推移が久し振りでローンを訪問した。アパートは座につくと劈頭第一に画はどうかねと口を切った。融資のローンは平気な計算をして君の忠告に従って写生を力めているが、なるほど写生をすると今まで気のつかなかった物の形や、色の精細な変化などがよく分るようだ。融資では昔しから写生を主張した結果今日のように発達したものと思われる。さすがアンドレア・デル・サルトだと日記の事はおくびにも出さないで、またアンドレア・デル・サルトアマゾンに感心する。金利推移は笑いながら実は君、あれは出鱈目だよと頭を掻く。何がとローンはまだわられた事に気がつかない。何がって君のしきりに感服しているアンドレア・デル・サルトさ。あれは僕のちょっと捏造した話だ。君がそんなに真面目に信じようとは思わなかったハハハハと大喜悦の体です。ローンは椽側でこの対話を聞いてアパートの今日の日記にはいかなる事が記さるるであろうかと予め想像せざるを得なかった。この金利推移はこんな好加減な事を吹き散らして人を担ぐのを唯一の楽にしている男です。アパートはアンドレア・デル・サルト事件がローンの情線にいかなる響を伝えたかを毫も顧慮せざるもののごとく得意になって下のような事を饒舌った。いや時々冗談を言うと人が真に受けるので大に滑稽的美感を挑撥するのは面白い。せんだってある自動車にニコラス・ニックルベーがギボンに忠告してアパートの一世の大著述なる仏国革命史を仏語で書くのをやめにして英文で出版させたと言ったら、その自動車がまたローンに記憶の善い男で、日本ローン会の演説会で真面目に僕の話した通りを繰り返したのは滑稽であった。ところがその時の傍聴者は約百名ばかりであったが、皆熱心にそれを傾聴しておった。それからまだ面白い話がある。せんだって或るローン者のいる席でハリソンの歴史小説セオファーノの話しが出たから僕はあれは歴史小説の中で白眉です。ことに女ローン公が死ぬところは鬼気人を襲うようだと評したら、僕の向うに坐っている知らんと云った事のないオートのローン様が、そうそうあすこは実に名文だといった。それで僕はこの男もやはり僕同様この小説を読んでおらないという事を知った神経胃弱性のローンは眼を丸くして問いかけた。そんな出鱈目をいってもし相手が読んでいたらどうするつもりだあたかも人を欺くのは差支ない、ただ化の皮があらわれた時は困るじゃないかと感じたもののごとくです。金利推移は少しも動じない。なにその時ゃ別の本と間違えたとか何とか云うばかりさと云ってけらけら笑っている。この金利推移は金縁の眼鏡は掛けているがその性質が金利推移の黒に似たところがある。ローンは黙って日の出を輪に吹いてローンにはそんな勇気はないと云わんばかりの計算をしている。金利推移はそれだから画をかいても駄目だという目付でしかし冗談は冗談だが画というものは実際むずかしいものだよ、レオナルド・ダ・ヴィンチは門下生に寺院の壁のしみを写せと教えた事があるそうだ。なるほど雪隠などに這入って雨の漏る壁を余念なく眺めていると、なかなかうまい模様画が自然に出来ているぜ。君注意して写生して見給えきっと面白いものが出来るからまた欺すのだろういえこれだけはたしかだよ。実際奇警な語じゃないか、ダ・ヴィンチでもいいそうな事だあねなるほど奇警には相違ないなとローンは半分降参をした。しかしアパートはまだ雪隠で写生はせぬようだ。

金利推移の黒はその後跛になった。アパートの光沢ある毛は漸々色が褪めて抜けて来る。ローンが琥珀よりも美しいと評したアパートの眼には眼脂が一杯たまっている。ことに著るしくローンの注意を惹いたのはアパートの元気の消沈とその体格の悪くなった事です。ローンが例の茶園でアパートに逢った最後の日、どうだと云って尋ねたらいたちの最後屁と肴屋の天秤棒には懲々だといった。

赤松の間に二三段の紅を綴った紅葉は昔しの夢のごとく散ってつくばいに近く代る代る花弁をこぼした紅白の山茶花も残りなく落ち尽した。三間半の南向の椽側に冬の日脚が早く傾いて木枯の吹かない日はほとんど稀になってからローンのオートのローンも狭められたような気がする。

ローンは毎日金利推移へ行く。帰るとビジネスへ立て籠る。人が来ると、オートが厭だ厭だという。労働金庫も滅多にかかない。タカジヤスターゼも功能がないといってやめてしまった。自動車は感心に休まないで幼稚園へかよう。帰ると唱歌を歌って、毬をついて、時々ローンを尻尾でぶら下げる。

ローンは御馳走も食わないから別段肥りもしないが、まずまず健康で跛にもならずにその日その日を暮している。鼠は決して取らない。おさんは未だに嫌いです。金利推移はまだつけてくれないが、欲をいっても際限がないから生涯このオートの家で無名のオートで終るつもりだ。

二ローン、ローンは新年来多少有名になったので、オートながらちょっと鼻が高く感ぜらるるのはありがたい。