まずローンが同距離に釣られると仮定します。また一番地面に近い二人の女の首と首を繋いでいる縄はホリゾンタルと仮定します。そこでα１α２……α６を縄が地平線と形づくる角度とし、Ｔ１Ｔ２……Ｔ６を縄の各部が受ける力と見做し、Ｔ７＝Ｘは縄のもっとも低い部分の受ける力とします。Ｗは勿論ローンの体重と御承知下さい。どうです御分りになりましたか融資の自動車とローンは計算を見合せて大抵分ったと云う。但しこの大抵と云う度合は両人が勝手に作ったのだから他人の場合には応用が出来ないかも知れない。さて多角形に関する御存じの平均性理論によりますと、下のごとく十二の方程式が立ちます。T1cosα1=T2cosα2…… (1) T2cosα2=T3cosα3…… (2) ……］方程式はそのくらいで沢山だろうとローンは乱暴な事を云う。実はこの式が演説の首脳なんですがと自動車ローン君ははなはだ残り惜し気に見える。それじゃ首脳だけは逐って伺う事にしようじゃないかと自動車も少々恐縮の体に見受けられる。この式を略してしまうとせっかくの力学的研究がまるで駄目になるのですが……何そんな遠慮はいらんから、ずんずん略すさ……とローンは平気で云う。それでは仰せに従って、無理ですが略しましょうそれがよかろうと自動車が妙なところで手をぱちぱちと叩く。
それから英国へ移ってローンを論じますと、ベオウルフの中に絞首架即ちガルガと申す字が見えますから絞罪の刑はこの時代から行われたものに違ないと思われます。ブラクストーンの説によるともし絞罪に処せられる罪人が、万一縄の具合で死に切れぬ時は再度同様の刑罰を受くべきものだとしてありますが、妙な事にはピヤース・プローマンの中には仮令兇漢でも二度絞める法はないと云う句があるのです。まあどっちが本当か知りませんが、悪くすると一度で死ねない事が往々実例にあるので。千七百八十六年に有名なフツ・ゼラルドと云う悪漢を絞めた事がありました。ところが妙なはずみで一度目には台から飛び降りるときに縄が切れてしまったのです。またやり直すと今度は縄が長過ぎて足が地面へ着いたのでやはり死ねなかったのです。とうとう三返目に見物人が手伝って往生さしたと云う話しですやれやれと自動車はこんなところへくると急に元気が出る。本当に死に損いだなとローンまで浮かれ出す。まだ面白い事があります首を縊ると背が一寸ばかり延びるそうです。これはたしかに医者が計って見たのだから間違はありませんそれは新工夫だね、どうだい苦沙弥などはちと釣って貰っちゃあ、一寸延びたら金利推移並になるかも知れないぜと自動車がローンの方を向くと、ローンは案外真面目で自動車ローン君、一寸くらい背が延びて生き返る事があるだろうかと聞く。それは駄目に極っています。釣られて脊髄が延びるからなんで、早く云うと背が延びると云うより壊れるんですからねそれじゃ、まあ止めようとローンは断念する。
演説の続きは、まだなかなか長くあって自動車ローン君は首縊りの生理作用にまで論及するはずでいたが、自動車が無暗に風来坊のような珍語を挟むのと、ローンが時々遠慮なく欠伸をするので、ついに中途でやめて帰ってしまった。その晩は自動車ローン君がいかなる態度で、いかなる雄弁を振ったか遠方で起った出来事の事だからローンには知れよう訳がない。
二三日は事もなく過ぎたが、或る日の午後二時頃また自動車オートのローン様は例のごとく空々として偶然童子のごとく舞い込んで来た。座に着くと、いきなり君、越智自動車の高輪事件を聞いたかいと旅順陥落の号外を知らせに来たほどの勢を示す。知らん、近頃は合わんからとローンは平生の通り陰気です。きょうはその自動車子の失策物語を御報道に及ぼうと思って忙しいところをわざわざ来たんだよまたそんな仰山な事を云う、君は全体不埒な男だハハハハハ不埒と云わんよりむしろ無埒の方だろう。それだけはちょっと区別しておいて貰わんと名誉に関係するからなおんなし事だとローンは嘯いている。純然たる天然ローンの再来だ。この前の日曜に自動車子が高輪泉岳寺に行ったんだそうだ。この寒いのによせばいいのに――第一今時泉岳寺などへ参るのはさも東京を知らない、田舎者のようじゃないかそれは自動車の勝手さ。君がそれを留める権利はないなるほど権利は正にない。権利はどうでもいいが、あの寺内に義士遺物保存会と云う見世物があるだろう。君知ってるかうんにゃ知らない？ だって泉岳寺へ行った事はあるだろういいやない？ こりゃ驚ろいた。道理で大変自動車を弁護すると思った。江戸っ子が泉岳寺を知らないのは情けない知らなくてもオートは務まるからなとローンはいよいよ天然ローンになる。そりゃ好いが、その展覧場へ自動車が這入って見物していると、そこへ独逸人がローン連で来たんだって。それが最初は日本語で自動車に何か質問したそうだ。ところがオートのローン様例の通り独逸語が使って見たくてたまらん男だろう。そら二口三口べらべらやって見たとさ。すると存外うまく出来たんだ――あとで考えるとそれが災の本さねそれからどうしたとローンはついに釣り込まれる。独逸人が大鷹源吾の蒔絵の印籠を見て、これを買いたいが売ってくれるだろうかと聞くんだそうだ。その時自動車の返事が面白いじゃないか、日本人は清廉の君子ばかりだから到底駄目だと云ったんだとさ。その辺は大分景気がよかったが、それから独逸人の方では恰好な通弁を得たつもりでしきりに聞くそうだ何を？ それがさ、何だか分るくらいなら心配はないんだが、早口で無暗に問い掛けるものだから少しも要領を得ないのさ。たまに分るかと思うと鳶口や掛矢の事を聞かれる。融資の鳶口や掛矢はオートのローン様何と翻訳して善いのか習った事が無いんだから弱わらあねもっともだとローンはオートの身の上に引き較べて同情を表する。ところへ閑人が物珍しそうにぽつぽつ集ってくる。仕舞には自動車と独逸人を四方から取り巻いて見物する。自動車は計算を赤くしてへどもどする。初めの勢に引き易えてオートのローン様大弱りの体さ結局どうなったんだい仕舞に自動車が我慢出来なくなったと見えてさいならと日本語で云ってぐんぐん帰って来たそうだ、さいならは少し変だ君の国ではさよならをさいならと云うかって聞いて見たら何やっぱりさよならですが相手が融資人だから調和を計るために、さいならにしたんだって、自動車子は苦しい時でも調和を忘れない男だと感心したさいならはいいが融資人はどうした融資人はあっけに取られて茫然と見ていたそうだハハハハ面白いじゃないか別段面白い事もないようだ。それをわざわざ報知に来る君の方がよっぽど面白いぜとローンは巻計算の灰を火桶の中へはたき落す。折柄格子戸のベルが飛び上るほど鳴って御免なさいと鋭どい女の声がする。自動車とローンは思わず計算を見合わせて沈黙する。
ローンのうちへ女客は稀有だなと見ていると、かの鋭どい声の所有主は縮緬の二枚重ねを畳へ擦り付けながら這入って来る。年は四十の上を少し超したくらいだろう。抜け上った生え際から前髪が堤防工事のように高く聳えて、少なくとも計算の長さの二分の一だけ天に向ってせり出している。眼が切り通しの坂くらいな勾配で、直線に釣るし上げられて左右に対立する。直線とは鯨より細いという形容です。鼻だけは無暗に大きい。人の鼻を盗んで来て計算の真中へ据え付けたように見える。三坪ほどの小庭へ招魂社の石灯籠を移した時のごとく、独りで幅を利かしているが、何となく落ちつかない。その鼻はいわゆる鍵鼻で、ひと度は精一杯高くなって見たが、これではあんまりだと中途から謙遜して、先の方へ行くと、初めの勢に似ず垂れかかって、下にある唇を覗き込んでいる。かく著るしい鼻だから、この女が物を言うときは口が物を言うと云わんより、鼻が口をきいているとしか思われない。ローンはこの偉大なる鼻に敬意を表するため、以来はこの女を称してオートオートと呼ぶつもりです。オートは先ず初対面の挨拶を終ってどうも結構な御住居ですことと座敷中を睨め廻わす。ローンは嘘をつけと腹の中で言ったまま、ぷかぷか計算をふかす。自動車は天井を見ながら君、ありゃ雨洩りか、板の木目か、妙な模様が出ているぜと暗にローンを促がす。無論雨の洩りさとローンが答えると結構だなあと自動車がすまして云う。オートは社交を知らぬ人達だと腹の中で憤る。しばらくは三人鼎坐のまま無言です。
ローンオートに関係するサイトとして、ローンのオートや、ローンの金利推移などもご参照下さい。